2025年6月、国土交通省は日本郵便株式会社に対し、貨物自動車運送事業の許可を取り消す方針を通知しました。
全国の営業所で点呼の虚偽記録が多数確認されたことが背景にありますが、今回の処分は一企業の問題にとどまりません。約2,500台の車両が5年間運行できなくなる可能性があるなかで、物流業界が抱える人手不足や安全管理体制の限界といった構造的な課題が浮き彫りになっています。
本記事では、日本郵便の処分方針の経緯と影響を整理しながら、点呼違反の背景にある現場の実態、そして運送業界が直面する今後の課題について解説します。
なぜ日本郵便は運送事業の許可取り消し方針となったのか?
2025年6月5日、国土交通省は日本郵便株式会社に対し、貨物自動車運送事業の許可を取り消す方針を通知しました。
通知の対象は、関東運輸局管内の複数営業所。全国119カ所を対象に行った監査では、速報値として82カ所で、運転者への点呼を実施していないにもかかわらず、記録上は「実施した」とする虚偽の記録が確認されました。
点呼は、運行管理者がドライバーの健康状態や酒気帯びの有無を確認し、安全運行を確保するために法令で義務づけられている重要な業務です(貨物自動車運送事業法施行規則第7条)。
日本郵便は2025年1月、近畿支社管内で同様の事案が発覚して以降、3月までに全国140局に対して是正指導が行われていました。こうした経緯を受け、国交省は「改善の見込みがない」と判断し、今回の方針に至ったとみられています。
処分が確定すれば、どんな影響が出るのか?

処分が確定した場合、日本郵便が保有する約2,500台のトラックやバン型車両が、今後5年間にわたって運送業務に使用できなくなります。これは日本郵便の物流ネットワークにとって、非常に大きな打撃となる措置です。
軽貨物車両(いわゆる軽バン)約3万2,000台については、今回の処分対象ではありません。
ただし、国土交通省は軽貨物も含めた厳正な対処を検討中と発表しており、将来的に車両停止などの行政処分が課される可能性もあります。
日本郵便は6月6日のリリースで、「郵便・ゆうパックは継続し、代替輸送体制を確保する」と表明しました。とはいえ、外部委託を拡大して代替輸送体制を確保するとなると、委託先の確保やコスト増・品質管理の難しさといった新たな課題が表面化する可能性は高いでしょう。
なお、日本郵便が取り扱う2024年度の荷物量は、ゆうパックが約5.6億個、ゆうパケットが約5.4億個とされており、両者を合わせた約11億個が対象となります。これにゆうメール等を含めると、年間の総取扱個数は43億個を超える規模です。
【6月17日追記】日本郵便、一般貨物自動車運送事業の許可取り消しを受け入れ
日本郵便は2025年6月17日、国土交通省から示された一般貨物自動車運送事業の許可取り消し処分を正式に受け入れると発表しました。
千田哲也社長は記者会見で「深く反省している」と謝罪し、自身を含む経営陣に対して3カ月間40%の報酬減額処分を科すと明らかにしました。
処分対象は総重量1トン超のトラック・バン約2,500台で、許可が取り消されると最長5年間運行できなくなってしまいます。日本郵便は対象車両を段階的に売却する一方、輸送体制については輸送能力の半数前後をヤマト運輸・佐川急便・西濃運輸など外部事業者に委託し、残りを自社の軽貨物車で補う方向性を示しています。
物流業界は2024年問題により輸送力不足が進む中、大手荷主である日本郵便が大規模な外部委託に舵を切ることは、運賃相場やドライバー需給に影響を与える可能性があります。
今回の事例は、運行管理の厳格な法令遵守が事業継続の前提であることを改めて示すものとなりました。
点呼違反の背景にある人手不足と現場の限界

今回の虚偽点呼は、明らかなルール違反であり正当化されるものではありません。
しかしその一方で、「点呼を行いたくても人が足りない」「管理者の数や業務負担に限界がある」といった声が現場から上がっていることも事実です。
点呼業務には資格を持つ運行管理者が必要であり、1人が管理できる車両の台数にも限界があります。法令を厳密に守ろうとすればするほど、現場にかかる負担は大きく、特に人材確保が難しいエリアでは業務の維持自体が困難になることもあります。
国の発表には人手不足が原因といった直接的な記述はありませんが、構造的な人材不足が背景にあるのではないかとの見方が広がっています。
物流業界が直面する構造的課題とは?
今回の件は、物流業界全体が直面する、法令順守と現場のギャップという根本的な課題を浮き彫りにしました。
国土交通省は再発防止策として、デジタル点呼機器などの導入を推奨しており、こうしたITの活用は、運行管理者の負担軽減や効率化に一定の効果が期待されます。
ただし導入には費用や機器・人材の準備が必要で、特に中小事業者では対応が難しいという声も多くあります。
点呼の徹底を求めるだけでなく、守れる体制や現実的な支援策をいかに整備していくかが業界の課題となっていくでしょう。
日本郵便の処分は、物流全体への警鐘である
日本郵便の運送許可取り消し方針は、単なる法令違反の処分として片づけるにはあまりに大きなインパクトを持っています。
安全運行の要である点呼が、正しく実施されていなかったことは、業界全体にとっても深刻な問題です。そしてその背景には、現場の人手不足や管理体制の限界といった、根本的な構造課題が潜んでいると見るべきでしょう。
物流を支えるのはドライバーと運行管理者の力です。
これからの業界では、彼らが安心して働ける体制と、持続可能な運送インフラの再構築が求められています。